西澤保彦「こぼれおちる刻の汀」のネタバレ解説

こぼれおちる刻の汀


この本は、3つの中編小説が同時進行で進んでいき、
最後に1本に繋がる、という構成の話です。

ただ問題なのは……その繋がり方が分かりにくいことです。

基本的にはSF、それも宇宙を舞台にした、
ガチガチのSF――と言いたいところなのですが、
殺人事件も起こったり西澤保彦お得意のレズビアンの話があったりします。
全体の印象としては、ページ数が足りないというか、
いまいち説明不足な感じの小説で、
あまり成功しているとは言い難いです。

もしもあなたがまだ西澤保彦作品を読んでいないのであれば、
「七回死んだ男」や「彼女が死んだ夜」あたりから読んだ方がいいでしょう。

まず読者を悩ませるのは、
「カデンツァ」「オブリガード」「コーダ」という、
同時進行で進む3つのストーリーの繋がりでしょう。
一読しただけでは何が何だか分からない人も多かったのではないでしょうか。

というか、それ以前にその章タイトルの意味も分からない人も多いのでは?
(しまうましたもその中の一人で、グーグル先生に聞いてみたことは内緒です)

カデンツァ、オブリガート、コーダは、それぞれ音楽用語です。
カデンツァは「独奏楽器がオーケストラの伴奏を伴わず、
自由に即興的な演奏をする部分」のことで、
オブリガートは序奏、
コーダは音楽における終結部という意味だそうです。

……はい、やっぱりよく分かりませんが、話を進めます。

「カデンツァ」は一種の宇宙戦争で戦うエイ=ラムの2人の話で、
「オブリガート」は主に宇宙を舞台にした、
マリエ・ラトゥールとアイ・コリンズの女性同士のラブストーリーで、
「コーダ」は、主人公の川原あい、蓮見麻梨枝、谷村愛(あゆむ)の、
女の子たちの三角関係の話なのですが、殺人事件も起こります。

はい、章題が分かりにくいので、ここではそれぞれ、
エイ=ラム編、マリエ編、川原あい編と呼ぶことにします。
時系列としては、川原あい編、マリエ編、エイ=ラム編の順です。

それぞれの章に「マリエ」や「アイ」という人物(たち)が登場しますが、
彼女たちは別人です。
一種の言葉遊びのようなものだと考えた方がいいと思います。


まずは、全体の中心的存在である川原あい編についてネタバレ解説します。
川原あいは蓮見麻梨枝と恋愛関係にありましたが、
別々の高校に進学したことをきっかけにギクシャクしてしまいます。
川原あいは、麻梨枝と谷村愛が付き合っていると思い込み、
問い詰めるのですが、その直後に麻梨枝が事故死してしまいます。

のちに、大学で川原あいは谷村愛と再会し、
いい関係になるのですが、川原あいは地元に残り、
谷村愛は東京へ行き、疎遠になってしまいます。

やがて教師になった川原あいは、
麻梨枝にそっくりな教え子の山口友里に一方的な思いを寄せます。
山口友里は卒業後、夫の不倫に悩まされることになり、
川原あいはそれを解決しようとします。

殺人という手段で。
ただし、山口友里の夫の隅田を殺すという直接的な方法ではなく、
隅田の祖母を殺します。その理由は、川原あいが
『身内の葬儀を経験すると不倫関係が自然消滅する』
と信じていたからです。
さらに川原あいは、隅田の不倫相手の弟や、
山口友里の両親までもを殺してしまいます。

そして、そのことを忘れたまま時間が過ぎ、
彼女は、人ごしにその説を聞いた川原あいの姪の夫、
松中に殺害されてしまいます。
松中は妻の不倫に悩んでおり、
妻の伯母である川原あいの葬儀を経験することにより、
妻の不倫を自然消滅させようとしていたのでした。

松中に殺された川原あいの魂は、
再び麻梨枝と付き合い始めるところまで時間を逆行し、
また松中に殺され――ということを何度も経験します。

やがて彼女は、自分の傍に麻梨枝の魂もいることに気づき、
麻梨枝と一緒に麻梨枝の母親の胎内に入ります。
谷村愛(あゆむ)のことを考えながら。

そして、麻梨枝として生まれ変わった彼女は、
産まれてすぐに「あゆむさん」と喋るのですが、
周囲の人たちはそれを「I am sun(私は太陽)」と聞き違えをしました。

ここで重要なのは、この川原あい編には、
『川原あいが生まれた世界』と、
『川原あいが生まれなかった世界』の2種類あるということです。


次は、マリエ編のネタバレ解説です。
生まれてすぐに「私は太陽」と喋ったという伝説を持つ、
川原あいと麻里枝の魂が入って生まれた「蓮見麻里枝」こそが、
マリエ編で登場するアイエス財団の創設者の祖母です。
つまり、マリエ編は川原あい編の、
『川原あいが生まれなかった世界』の未来の話です。

アイエス財団は非N物質というものの調査のために
宇宙ステーションを建設しており、
マリエ・ラトゥールはその宇宙ステーションの住人です。
少しややこしいのですが、
とにかくマリエたちが非N物質に関する実験をやったせいで、
『マリエが宇宙へ行った世界』と、
『マリエが宇宙へ行かなかった世界』が
同時に存在することになってしまいました。
パラレルワールドというやつです。

『マリエが宇宙へ行った世界』のマリエは、
マリエが宇宙に滞在している間に恋人のアイ・コリンズが
家族の決めた婚約者と強制的に結婚させられてしまい、
余命いくばくもない老後まで再会できませんでした。
『マリエが宇宙へ行かなかった世界』のマリエは、
アイエス財団が宇宙計画を中止したため宇宙へは行かず、
アイ・コリンズと付き合い続けます。
ただしそれは、マリエがアイ・コリンズのファミリーに
身を捧げるという条件付きだったため、
アイ・コリンズは寂しさのあまり自殺してしまいます。


次はエイ=ラム編のネタバレ解説です。
エイ=ラム編は、『宇宙へ行った世界』のマリエ編の未来の話です。
色んな専門用語が登場しますが、要するに、
未知の知的生命体と宇宙戦争をやっていると考えればいいと思います。
そして、このエイ=ラム編にも、
『宇宙戦争をやっている世界』と、
『宇宙戦争をやっていない世界』の2種類あります。

『宇宙戦争をやっている世界』のエイ=ラムは、
古い宇宙ステーションに乗り込み、
メガネ型のビデオカメラに保存されていたマリエたちの姿を観ます。

そして――ここからがかなり説明不足で分かりにくいのですが、
未知の知的生命体に襲われたエイ=ラムの2人は、
非N物質を利用して、タイムスリップをします。

そして、宇宙戦争が起こるきっかけとなった、
マリエたちの実験をなかったことにし、
『宇宙戦争をやっていない世界』へと移動したところで話は終わります


最後に、全体のまとめです。
まず、『宇宙戦争をやっている世界』とは、
要するに『マリエが宇宙へ行った世界』のことです。

しかし、マリエやエイ=ラムたちはその世界を望んでいなかったので、
『宇宙戦争をしていない世界』=『マリエが宇宙へ行かなかった世界』
へと時空移動しました。
そしてその世界は、『川原あいが生まれなかった世界』でもあります。

そろそろ小説全体の意味が分かってきたのではないでしょうか。

つまり、この小説に書かれている大部分の出来事は、
『存在しなかった世界』の話なのです。

川原あいは生まれていないので、彼女が殺人者となったり、
蓮見麻梨枝が事故死したりすることもなく、
マリエは宇宙へ行っていないので、
マリエ編で描かれた宇宙ステーションの話はなかったことになり、
エイ=ラムたちは宇宙戦争をしていないので、
エイ=ラム編もすべてなかったことになってしまいました。

……という、虚無的な余韻を残す話だったのではないか、
としまうましたは思いました。
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