西澤保彦「幻想即興曲 響季探偵姉妹 ショパン篇」のネタバレ解説

幻想即興曲 - 響季姉妹探偵 ショパン篇


苦桃書房の編集者の響季智香子と、
ピアニストの響季永依子の姉妹が探偵役の新シリーズです。

本書は作中作の形をとっており、
物語の大部分はその小説『幻想即興曲』の作者である
古結麻里の視点で描かれることになります。

事件は1972年、3月28日に起こります。
正午の時報のサイレンが鳴り終わった直後、
佐藤善次郎という老人と、その孫の井元一真は、
『佐藤商店の中で医師の野田修造が謎の女に刺されるところを目撃した』
と供述します。

その謎の女は野田の妻である美奈子だと警察は考えるのですが、
彼女には同時刻に自宅のピアノでショパンの幻想即興曲を弾いているところを、
窓越しに古結麻里と茂森荘太に目撃されるというアリバイがありました。

しかし、美奈子は自宅にいたのは替え玉であり、
ピアノの演奏はテープレコーダーから流したものだった、と供述します。
古結麻里は、そんなはずはないと思い訴えますが、
当時の彼女は小学生だったため警察にも相手にされませんでした。
さらに時間が経過し大学生になった麻里は、
自分がアリバイの証人となった美奈子の事件を小説化し始めます。
ちょうどその頃、一真と再会し、井元一真が目撃した謎の女は美奈子ではなく、
野田修造の娘の木梨聖子だったのではないか、という推理を披露します。
その数時間後、木梨聖子は一真を殺し、自殺してしまいます。

そして大学の事務員となった麻里は長廻(ながさこ)玲(あきら)という
週刊誌の記者に取材を受けます。
ちなみにこの長廻玲は『幻視時代』にも登場しています
(ですから、厳密に言えばこの本は長廻玲シリーズであるとも言えます。
タイトルに『幻』の字が入っていることで統一感もありますし)。

麻里と長廻玲は、推理の過程で野田修造事件のときに
一時期容疑者扱いされていた坂井静行のことを話題に出すのですが、
それを盗み聞きしていた坂井が逆上し、
麻里の住むアパートに放火をします。
そしてその放火事件で完成間近だった小説も燃え、
麻里と親しくしていた老婆が亡くなり、
麻里は精神的な理由で小説を書くことができなくなってしまいます。

そんな麻里を救い、口述筆記で『幻想即興曲』を完成させたのが、
麻里の高校時代の担任教諭にして、一時期美奈子と恋愛関係にあった
小比類巻冬羽でした。

ここで一気に時間が飛び現代になり、
響季智香子と響季永依子は安楽椅子探偵となり事件を推理します。
その推理というのは、井元一真を殺害しようとした野田修造は
孫を庇おうとした佐藤善次郎に刺され亡くなった、というものでした。
一真は3億円事件ごっこという、車の下で爆竹を鳴らす悪戯の常習犯でした。
その爆竹の音に驚いた野田修造はトランクを閉めるタイミングを誤り、
美奈子の手を挟んでしまったのではないか、と推理します。

口述筆記で復元された小比類巻冬羽はおそらく事件後に美奈子から
真相を聞かされており、さりげなく麻里を誘導して
その真相に辿り着けるようにしていたのでした。


以上で話のあらすじは終わりです。
かなり完成度が高いミステリーですが、2つ気になる点があります。

まず、なぜ麻里は事件の関係者に取材をしないのか? という疑問です。
麻里はあの事件を元にした小説を書き、
しかも登場人物を実名で登場させているにもかかわらず、
積極的な取材は全然していないのです。
いえ、確かに事件後に偶然再会した人たちには自分の推理を聞いてもらったり
事件当時のことを尋ねたりしているのですが、
普通ならば最低でも事件の重要な証人である佐藤善次郎や茂森荘太あたりには
取材をするものだと思うのです。

例え麻里本人が取材できなかったとしても、
代わりに長廻玲が取材した内容を聞かせてもらおうとするくらいの努力は
するのが普通じゃないかと思うのです。
特に、長廻玲は野田修造事件のことを取材するために麻里と接触したわけですから、
他の関係者にも色々と話を聞いていると思うんですよね。
そして、後に長廻玲は、麻里の書いた幻想即興曲を出版したいと考えているのですから、
当時取材した内容を麻里に話してあげるくらいの努力は厭わなかったことでしょう。
それなのに、そういった描写が全くないというのが気になりました。

もう1つの疑問点は、小比類巻冬羽が容疑者候補にあがっていない、という点です。
美奈子は冬羽との恋愛関係を解消し、野田修造と結婚しています。
本人は否定していますが、客観的に事実だけを見れば、
冬羽は修造のことを恨んでいるに違いないと考えるのが普通です。
つまり、冬羽には修造を殺害する強力な動機が存在しました。
そして、現場では謎の女が目撃されています。
さらに、かつて恋愛関係にあった冬羽を美奈子が庇ってもおかしくありません。
おまけに当時は学校が春休み期間中でしたから、教師の仕事も休みだった可能性が高いです。

これだけ容疑者候補に相応しい状況が揃っているのに、
なぜ登場人物たちは冬羽を疑わないのか不思議で不思議で仕方がありませんでした。
もうね、しまうましたなんか途中から『絶対にこいつ犯人だろ
と思って冬羽のことを見ていましたよ。
せめて冬羽の事件当時のアリバイを調べ、そのアリバイを検証するくらいの描写は欲しかったです。

……というか、作中で明示されていないだけで、
実際真犯人は冬羽なんじゃないでしょうか?


物語中で推理の材料として使われている『幻想即興曲』は
冬羽が麻里を誘導して書かせたものだろう、
と響季姉妹も麻里も確信していましたし、
佐藤善次郎が犯人だとミスリードをするように仕向けるのは簡単だったと思います。


しかしまあ、そういった疑問点を除けば非常に面白い小説でした。
何と言ってもこの小説の見所は登場人物たちの推理の過程にあります。

本書は「黄金色の祈り」や「幻視時代」系統の話なのですが、
西澤保彦さんにはもっともっとこういう話を書いてほしいです。                  スポンサードリンク

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