恩田陸「蜜蜂と遠雷」のネタバレ解説

蜜蜂と遠雷


最初に説明しておくと、この小説はバリエーション豊かな比喩表現や、
キャラクターの細かい心情描写が凄い話なので、
あらすじではその面白さが伝わらないと思います。

しかし、それを承知の上で、いつものようにあらすじです。

芳ヶ江(よしがえ)という町で、3年に1度、
国際ピアノコンクールが開かれています。
時期は、10月か11月くらいです。

第6回の今回、風間塵(かざま・じん)という16歳の少年は、
パリでのオーディションに参加しようとしていました。

このオーディションは、書類選考落選者を対象にしたものです。

しかし、ヨーロッパで養蜂家をやっている父親を持つ風間塵は、
父親の仕事を手伝っていたせいで遅刻し、
ラストの順番に回されました。

審査委員の嵯峨三枝子(さが・みえこ)は、
風間塵の書類の「師事した人」の項目に、
「ユウジ・フォン=ホフマンに五歳より師事」
と書かれているのを見て動揺しました。

ユウジ・フォン=ホフマンは今年2月に亡くなった高齢のピアニストで、
世界中の音楽家や音楽愛好家に愛されていた人物でした。

風間塵の演奏は他のコンテスタントとは音が違っていて、
悪魔のようだ、恐ろしい、おぞましい、と三枝子は思いました。

風間塵が帰って行くと、許せない、あんなの、
ホフマン先生に対する冒涜だわ、と三枝子は怒りに震えました。

しかし、数ヶ月前にこの世を去ったホフマンはそれを予想して、
次のような推薦状を遺していました。

「皆さんに、カザマ・ジンをお贈りする。
文字通り、彼は『ギフト』である。
(中略)
中には彼を嫌悪し、憎悪し、拒絶する者もいるだろう。
しかし、それもまた彼の真実であり、彼を『体験』する者の中にある真実なのだ。
彼を本物の『ギフト』とするか、それとも『災厄』にしてしまうのかは、
皆さん、いや、我々にかかっている。」
という内容でした。

他の選考委員のシモンとスミノフにその推薦状を見せられ、
三枝子は恥ずかしくなりました。
また、シモンとスミノフは風間塵の演奏に、
三枝子のような生理的な拒絶感は抱いていなくて、
むしろゾクゾクして多幸感があったと言いました。

「権威派」「良識派」である他の選考委員に風間塵の演奏を聴かせて、
顰蹙を買わせるのは、それはそれで楽しそうだろう?
と説得され、三枝子は風間塵を合格させることを承知してしまいました。

場面が変わり、他のコンテスタントである、
栄伝亜夜(えいでん・あや)の視点になります。

亜夜は、内外のジュニアコンクールを制覇し、
CDデビューも果たしていました。

しかし、亜夜の最初の指導者であった母が、
13歳の時に急死してしまいました。

母の死後、最初のコンサートが始まる直前に、亜夜は、
あたしは独りきりになったんだ、もうお母さんはいない、
と理解してしまいました。

ステージのグランドピアノがまるで墓標のように見え、
亜夜はくるりと踵を返し、走って、屋外に飛び出し、演奏しませんでした。

コンサートをドタキャンした亜夜は、かくて、「消えた天才少女」となりました。

しかし、大学進学を考える時期に、母と音大で同期だった浜崎という男が訪ねてきて、
お母さんの命日も近いし、彼女が好きだった亜夜ちゃんのピアノを聴かせてくれないか、
と頼みました。

亜夜は、ショスタコーヴィチのソナタを弾きました。
それを聞いた浜崎は、ぜひうちの大学を受けてもらえないでしょうか?
と言いました。
実は、浜崎は日本で3本の指に入る名門私立音大の学長だったのでした

20歳になった亜夜は、
浜崎の意向で、現在の指導教官から第6回芳ヶ江国際ピアノコンクール出場を勧められ、
学長への恩返しのつもりで亜夜は出場することにしましたが、
あまり乗り気ではありませんでした。

また場面が変わり、
他のコンテスタントの高島明石(たかしま・あかし)の描写があります。

明石は28歳で、結婚して、明人という幼稚園児の息子もいます。

28歳というのは、芳ヶ江国際ピアノコンクールの出場者では最高齢であり、
応募ぎりぎりの年齢でした。

明石の家はごく平均的なサラリーマン家庭、妻は幼馴染で高校の物理の先生、
明石自身は大きな楽器店の店員です。

高校時代の同級生、仁科雅美は、TVのドキュメンタリーを撮りたいと言い、
明石に密着取材していました。

TV出演を決めたのは、明人が大人になった時のために、
パパは「本当に」音楽家を目指していたのだという証拠を残しておくためだと、
周囲には説明していました。

しかし、本当は、孤高の音楽家だけが正しいのか?
音楽のみに生きる者だけが尊敬に値するのか?
生活者の音楽は、音楽だけを生業にする者より劣るのだろうか、
と怒りと疑問を持っていたからでした。

明石が中三の時に他界した祖母が買ってくれたピアノを、明石は弾きます。

そのピアノは、養蚕をしていた祖母が蚕を育てていた蔵の中にありました。

明石はこの蔵にこもって、コンクールの準備の仕上げをすることにしました。

そして、いよいよ、2週間に亘る、
芳ヶ江国際ピアノコンクールのオープニングナイトが始まりました。
一次予選は明日からです。

作曲家の菱沼忠明(ひしぬま・ただあき)が、三枝子に、
『蜜蜂王子』の風間塵についての話をします。

めったに弟子をとらないことで有名だったユウジ・フォン=ホフマンは、
ホフマンの方から出かけていって風間塵にピアノを教えていた、
と菱沼は言いました。

菱沼はそのことを、ホフマンの妻から電話で聞いていました。

そこへ、審査委員のナサニエル・シルヴァーバーグがやってきます。
ナサニエルは、三枝子の元夫であり、
ホフマンの数少ない、弟子の1人でもありました。

ナサニエルは週に一度、飛行機でホフマンの家に通って教えを請うた、
それでも推薦状など書いてもらったことがない弟子だったので、
風間塵を合格させた三枝子に対して怒っているようでした。

ナサニエルは三枝子に、ナサニエルの弟子である、
マサル・カルロス・レヴィ・アナトールという19歳の少年を紹介します。

マサルは母親がペルーの日系三世でしたが、
その顔はどちらかと言えばラテン系で、既に日本人の面影は見えませんでした。

その頃、亜夜は浜崎学長の娘であり、2年先輩の奏(かなで)から借りる、
ステージ衣装のドレスを選んでいました。
ヴァイオリニストである奏は、亜夜が入学してから何かと世話を焼いていました。

コンクールに乗り気でない亜夜に、
奏は、あなたのファンだったんだよ、と打ち明け、やる気を出させようとしました。

ピアノに触れようと、亜夜が大学の練習室に行くと、
そこに不法侵入してピアノを弾いていた風間塵と出会いました。
しかし、風間塵は素早く逃げてしまいました。

ここでマサルの回想です。

マサルは5歳から7歳までの3年間、日本に住んでいたことがありました。
母親の意向でマサルは公立の小学校に入学しましたが、
日本の小学校の「世間」から拒絶され、
再びフランスに戻るまでの10ヶ月、
マサルはインターナショナルスクールに転校せざるを得なくなりました。

しかし、近所のピアノ教室の家の前を通りがかり、
1歳か2歳年上の、ト音記号の刺繍の付いたカバンを提げた女の子に、
いつもピアノ弾いてるの、きみ?
と話しかけました。

絶対音感を持つマサルの耳がいいことに気付いた少女は、
マサルをピアノ教室の先生に紹介し、一緒にピアノを弾くようになりました。

マサルがフランスに戻ることになった時、
ピアノ弾いてね、約束だよ、と少女は言い、
ト音記号の付いた楽譜入れのカバンをマサルにくれました。

フランスに戻ったマサルはピアノを習うようになり、
2年もすると振動としてその名を知られるようになりました。
その後、渡米し、アメリカ出身のコンテスタントとして、
マサルは芳ヶ江国際ピアノコンクールに出場しました。

回想終わりです。

コンクール初日。

高島明石は、スニーカーの靴紐が結べなくなっていることに気付き、
「上がってる」ことを自覚し、動揺していました。

一次予選では、90人近くいるコンテスタントは、くじ引きで決めた演奏順に、
1人20分以内で演奏します。

初日の目玉は、優勝候補の1人と目される中国系アメリカ人の少女、
ジェニファ・チャンですが、栄伝亜夜と浜崎奏は予定した新幹線に間に合わず、
ジェニファ・チャンの演奏を聞き逃してしまいました。

その頃、風間塵は、ピアノ、欲しいなあ、と考えていました。
コンクールに入賞したら、
養蜂家の父親にピアノを買ってもらうという約束をしていたのでした。

風間塵の家にはピアノがありませんでしたが、そのことがいかに異常なことかも、
風間塵の念頭にはなかったのでした。

1日目の最終演奏者は、22番の高島明石です。
明石はバッハの「平均律クラヴィーア曲集 第一巻第六番ニ単調」、
ベートーヴェンのソナタ、第三番、第一楽章、
ショパンのバラード二番を弾きました。

明石の妻の満智子はその演奏を聴き、
あたしの夫は、音楽家なんだ、と思いながら拍手をしました。

睡眠時間を削って練習時間を捻出した明石の演奏は、
審査委員にも好評でした。

一次予選2日目には、
「ジュリアードの王子様」と呼ばれるマサルの演奏を聴きに、
若い女性が客席を埋めていました。

マサルを見て、亜夜は音楽を愛することを教えてくれた綿貫先生を思い出しました。
亜夜は綿貫のレッスンが大好きでしたが、綿貫は亜夜が11歳の時に病死しました。

マサルが演奏する、バッハの平均律クラヴィーアを聞いた亜夜は、
音楽がおっきい、と思いました。
マサルの演奏が終わると、こりゃ凄い、ほんとに優勝しちゃうかもねー、
と亜夜は奏に言いました。

2日目の一次予選が終わった後、亜夜はトイレに行きましたが、
そこで若い女の子2人が自分の噂をしているのを聞いてしまいました。

2人は、見ものだよね、栄伝亜夜、一次で落ちちゃったら笑えるよね、
怖くないのかな、あたしだったら、怖くて出られない、
またドタキャンしちゃったりして、などと話していました。

亜夜は、出るのをやめてしまおうか、と思いましたが、
浜崎学長や奏のことを考え、棄権することもできない、と思い直しました。

一次予選最終日。
風間塵の演奏の順番がやってきました。

風間塵は事前に、調律師の浅野に、
ステージの奥に置かれている3台のグランドピアノのうち、
右端のものを30センチ動かしてほしい、と頼んでいました。

しかし、ステージマネージャーの田久保寛は、
客の入りが多く、立ち見もいっぱいで、
壁の前に立っているお客さんが相当音を吸うと思う、
だから普段よりもパッキリ弾いたほうがいい、という内容をアドバイスしました。

それを聞いた風間塵は、こないだお願いしたピアノの位置を元に戻して、
今度は逆の方向に30センチずらしてください、と浅野に伝えてもらいました。

風間塵が演奏を始めると、ナサニエルは、
どうしてこんな、天から音が降ってくるような印象を受けるんだ?
と思いました。

マサルも、いったいどうやってピアノを鳴らしているんだ、
と舌を巻いていました。

マサルが演奏を終えて引き揚げると、
観客たちの拍手と歓声、悲鳴と怒号、熱狂がホールを揺らしました。

風間塵の演奏は、審査員に恐慌をもたらしました。
アンビリーバブル、ファンタスティック、奇跡的だ、
下品だ、いたずらに煽〇的だ、サーカスだ、
と、反応はまっぷたつに割れていました。

風間塵の演奏は、しばらく忘れていた、心の奥の柔らかい部分、
生々しい部分に触れてくるのだ、と三枝子は分析していました。
それは、誰もが持っている、胸の奥の小部屋、
「本当に」好きな音楽のイメージなのですが、
プロになると自分で自分に満足できる演奏などできないことが痛いほど分かってきて、
胸の小部屋はますます神聖な場所となります。

風間塵の演奏は、本人も忘れていたその小部屋を突然訪れ、
いきなり乱暴に開け放つため、扉を開け放ってくれたことに感謝する熱狂か、
いきなりプライベートルームの戸を開けやがって失礼なという拒絶かという、
極端な反応になって顕れるのでした。

栄伝亜夜は風間塵の演奏を聴き、この子は、音楽の神様に愛されてるんだ、
と思いました。

弾きたい、風間塵のように、弾きたい、かつてのあたしのように、
と思い、亜夜は演奏をしました。

かつて亜夜のファンだった明石は、やはり彼女はアイドルだった、昔も、今も、
と思いました。

ナサニエルは、マサルの強敵になるのは、カザマ・ジンではなくこの子のほうだ、
と思いました。

奏は、お帰り、亜夜ちゃん、やっと、やっとステージに帰ってきてくれたんだね、
と思いました。

演奏終了後、大ホールの廊下の隅のエレベーター前に行った亜夜は、
「――アーちゃん?」
とマサルに話しかけられました。
それを聞いた亜夜は、「マーくん?」と言いました。

マサルが子供の頃、日本からフランスに戻るときにト音記号のカバンをくれた女の子が、
亜夜だったのでした。

お互いに再会を喜び合い、亜夜は、マーくんって、ほんとに天才だったんだね、
と言いました。
綿貫先生が亡くなったことを伝えると、マサルはお墓参りしたいと言い、
一緒に行く約束をしました。

プレスらしき男女に取材を申し込まれましたが、マサルは亜夜の手を握り、
取材を断ってホールに入りました。

コンテスタント全員の一次予選が終わると、
審査委員長の70歳近いロシア美女、オリガ・スルツカヤが、
二次予選に進む24人のコンテスタントを発表します。

不利だと言われているトップバッターの、1番、アレクセイ・ザカーエフ、
12番、ジェニファ・チャン、22番、高島明石、
30番、マサル・カルロス・レヴィ・アナトール、
81番、風間塵、88番、栄伝亜夜などが残りました。

一次予選を突破した明石は、
ホールのロビーに貼られた自分の写真に、ピンクのリボンの花が付けられたを見て、
携帯電話でその写真を撮りました。
自分と一緒に映るように自撮りしようとして、試行錯誤していると、
雅美に見つかって笑われ、写真を撮ってもらいました。

翌日の午前中から3日間に亘る二次予選が始まります。

演奏時間は一次予選の倍の40分以内です。
有名作曲家の曲から合計3曲以上のほかに、
芳ヶ江国際ピアノコンクールのための委嘱作品、
菱沼忠明の「春と修羅」がありました。

唯一の新曲で現代曲である「春と修羅」は、宮澤賢治の誌をモチーフにしたもので、
長さは約9分です。

また、「自由に、宇宙を感じて」と指示された即興の箇所、カデンツァがあり、
コンテスタントたちを悩ませていました。

「春と修羅」の部分がどうしても浮いてしまうので、
普通のコンテスタントは最初か最後に持ってきていましたが、
亜夜と風間塵は、あえて「春と修羅」をプログラムの真ん中に持ってきていました。

マサルと亜夜は2人でジェニファ・チャンの演奏を聴きました。
しかし、亜夜は、ダイナミックなのに単調、アトラクションだと感じました。

マサルと亜夜は「春と修羅」の話をします。
カデンツァの部分は、普通のコンテスタントは事前に譜面を起こすものであり、
マサルもそうしていましたが、亜夜は本当に即興で弾くつもりだと言い、
マサルを驚かせました。

明石の演奏順がやってきます。

明石は、1曲目に「春と修羅」を弾きます。

文学作品の解釈こそ、歳を経た者のほうが深いはずだ、
と明石は考え、練習時間のない中、1人で曲と向き合っていました。
改めて通勤時間などに賢治の誌や小説を読み返し、
ほぼ日帰りという強行軍で岩手に行き、
作品の舞台となったと言われる場所を見て回りました。

カデンツァには「あめゆじゅとてちてけんじゃ。」をメロディに乗せて演奏しました。

「春と修羅」以外のショパンのエチュード、リストの練習曲、
ストラヴィンスキー、ペトルーシュカからの三楽章も、調子よく弾きました。

明石の演奏を聴いた風間塵は、音符たちを「外へ」連れ出してやる、
という、ホフマンが亡くなる直前に交わした約束を思い出していました。

その日の夜、三枝子とナサニエルは、
風間塵について聞くために菱沼を会食に誘いました。

実は風間塵は、限りなく他人に近い、ユウジの遠い親戚でした。

風間塵の父親は養蜂家で常に移動生活で、自宅にピアノを持っていませんが、
行く先々でピアノのあるところを知っていて、
そこで弾かせてもらうのだそうだ、という内容を菱沼は言いました。

楽譜も持っていないから、聴いた曲は一度で覚えるか、
その場その場で即興で弾いていたのだそうです。

おまえさんたちに、あの子が採点できるのかい?
と菱沼は苦笑しました。

審査員は審査するほうでありながら、審査されています。
審査することによって、その人の音楽性や音楽に対する姿勢を露呈してしまいます。

それは、小説の新人賞、文学賞とかも同じですね。
どうしてこの人の作品を落として、この作品を受賞させたんだろう?
と思うような選考委員はいくらでもいます。

二次予選2日目のトップバッターはマサルです。

「春と修羅」のカデンツァを、
ジェニファ・チャンなどは師匠に頼んで作曲してもらっていましたが、
マサルは自分で書いていました。

マサルの弾いた「春と修羅」を聴いた亜夜は、
先生、やっぱりマーくんは凄かったですよ、
と綿貫に心の中で報告しました。

「春と修羅」に続いて、ラフマニノフの練習曲、「音の絵」、
ドビュッシーの練習曲「オクターヴのための」、
ブラームスの変奏曲を演奏します。

演奏を終えたマサルがロビーに行くと、ジェニファ・チャンに話しかけられました。

同じジュリアードのピアノ科学生、チャンは、
マサルに強烈なライバル心を抱いていて、
学校内でも2人はライバルとみなされていましたが、
マサルのほうではチャンをライバルだと思ったことはありませんでした。

チャンはマサルに少なからぬ恋心も抱いていて、
どうしてマサルが亜夜と一緒にいるのかと訊ねました。

幼馴染だと伝えると、チャンは亜夜のことを燃え尽き症候群だと言い、
いったんケチのついたアンラックな子と一緒にいると、
マサルの運まで吸い取られるわよ、と言いました。

マサルは、話して通じる相手じゃない、と内心、溜息をついて、
話を切り上げました。

ただ、チャンと話をしたせいか、亜夜に恋愛感情を抱いているのを自覚し、
しばらくのあいだ他のコンテスタントの演奏に集中できませんでした。

マサルのカデンツァを聴いた亜夜は、弾いてみたくて居ても立ってもいられなくなり、
亜夜の担当教授の友人で芳ヶ江でピアノ教室を開いている、
平田先生の自宅兼レッスン場に行きました。

しかし、そんな亜夜のことを風間塵が尾行していて、窓を叩き、
一緒にここでピアノ弾いてもいい? と訊ねました。

亜夜は塵と一緒にピアノを弾き、いつのまにか局が変わり、
フライ・トゥ・ザ・ムーンや、ベートーヴェンの「月光」の第二楽章、
第三楽章や、「ハウ・ハイ・ザ・ムーン」を弾きました。

飛べる、どこまでも飛べる、と思った亜夜は、
いつしか天井を見上げ、更にそこを突き抜けて高い空に浮かぶ月を見ていました。

亜夜は、そこで「春と修羅」のヒントを摑みました。

二次予選3日目。
奏とマサルは、亜夜を見て、なんだか今日は感じが違う、と言いました。
オトナっぽくなったと言われた亜夜は、
新曲とか、コンクールとか、こうしてみんなでここに集まってピアノ弾いてることって、
すごく面白いことなんだなって思ったの、そのせいかもしれない、と言いました。

風間塵の演奏が始まります。
塵のドビュッシーの練習曲、第一曲を聴いた奏は、
この子の演奏は、どの曲も、今このステージで、
彼自身が即興で紡ぎ出したフレーズのように聞こえる、と考えていました。

二曲目はバルトークの「ミクロコスモス」で、
ジャズっぽい気まぐれなメロディが塵によく似合っていました。

しかし、三曲目の、風間塵の紡ぎ出した「春と修羅」のカデンツァは、
すこぶる不条理なまでに残虐で、凶暴性を帯びていました。

明石は、「修羅」なのだ、風間塵は、「修羅」をカデンツァで示した、
と考え、自分の甘さを思い知らされたような気がしました。

四曲目はリスト、「二つの伝説」の第一曲、
「小鳥に説教するアッシジの聖フランチェスコ」です。

本当に、鳥と話している、と三枝子は考えた後、
皆が譜面を再現し、譜面の中に埋もれているものを弾こうとしているのに、彼は違う、
むしろ、譜面を消し去ろうとしているかのような――と考えました。

最後の曲はショパン、スケルツォ第三番、嬰ハ短調で、
目覚めるような幕切れがあり、アンコールがありました。

塵の次に演奏する亜夜の一曲目は、「音の絵」、
二曲目はリストの「超絶技巧練習曲集」のひとつ、「鬼火」、
その次が「春と修羅」でした。

亜夜は「春と修羅」を弾きながら、後ろに母親がいるのを感じ、
頬に温かいものが伝いました。

カデンツァでは、母なる大地を表現します。

亜夜は、あの凄まじい「修羅」に満ちた風間塵のカデンツァを聴いて、
それに応えたのでした。
自然が繰り返す殺戮や暴力に対して、
それらをも受け止め飲み込んでしまう大地を描きました。

その後、ラヴェルのソナチネ、メンデルスゾーンの「厳格なる変奏曲」を弾きました。

二次予選が終わり、すぐに結果発表です。

二次予選に残った24人から、三次予選に残るのは12人です。

1番、アレクセイ・ザカーエフ、
30番、マサル・カルロス・レヴィ・アナトール、
81番、風間塵、88番、栄伝亜夜などが三次予選に残りました。

しかし、ジェニファ・チャンと、明石は落ちてしまいました。

終わった、俺のコンクールは終わったのだ、
となぜかさっぱりとした心理で思いながら、明石は妻に電話しました。

一方、ジェニファ・チャンは審査委員長のオリガのところにやってきて、
真正面から意議を唱えました。

しかし、ナサニエルはチャンに、君のテクニックは素晴らしい、
音楽性を否定するわけではない、しかし、1人や二人ではない少なからぬ数の審査員が、
君が三次予選に進めないと考えたのは事実である、
その理由を理解できないところに、
君が今回三次予選に進めなかった要因があるとは思わないか、と説明し、
チャンはやがて顔を歪めてワッと泣き出してしまいました。

チャンが会場を辞去した後、マサルは師のナサニエルに、
亜夜を紹介しました。

おまえ、競争相手のコンテスタントに惚れてどうする、
しかも、相手はこのコンクールでおまえの最大級のライバルとなる相手ではないか、
とナサニエルは心の中で叫んだようでしたが、
ナサニエルもマサルより少しばかり年上の時期、三枝子に夢中だったため、
雷を落とすのを我慢しました。

翌日はスタッフのための休みで、亜夜、マサル、奏、塵の4人は、
11月の浜辺を散歩していました。

海を離れ、商店街の中に、三味線の店をいくつか見つけました。
三味線を見ている亜夜、マサル、塵の写真を奏が携帯電話のカメラで撮ると、
他の3人も写真を撮りたがりました。

翌日から、2日間の第三次予選が始まります。

演奏時間は60分を限度とし、
事前に提出したプログラムを自由に弾いていいことになっています。

12人中6人が本選に進むことができ、本選に進めば入賞確定です。

1番のアレクセイ・ザカーエフは、これまで、
コンクールでは不利な1番という数字を引き当てたせいで、
半ば開き直って演奏していました。
期待せず、意識せずマイペースにしたことが、
本来のアレクセイ・ザカーエフの闊達かつおおらかな演奏を引き出していました。

しかし、入賞を意識してしまったせいで、欲が出て、動揺し、
つんのめるような速さで演奏してしまいました。
それでも、最後には何とか立て直して演奏を終えました。

マサルの演奏の番になります。
一曲目はバルトークのソナタで、ピアノを打楽器として演奏しました。

二曲目は、シベリウス、「五つのロマンティックな小品」でした。
三曲目の、フランツ・リストの大曲、ピアノ・ソナタロ短調を、
マサルは19世紀グランドロマンをイメージして弾きました。

三次予選1日目が終わると、風間塵は、
芳ヶ江にいる間にホームステイさせてもらっている、
父の友人である大きな花屋の党首、富樫に頼み、活け花を教えてもらっていました。

富樫の「野活け」を見て、塵は、活け花って音楽と似てますね、と言いました。

塵は、ホフマンと約束した、
狭いところに閉じ込められている音楽を広いところに連れ出す、
という約束について富樫に話し、
富樫さんが活けると、枝も花も活きてるんだよなあ、
まるで、自分が殺されたことにぜんぜん気が付いていないみたいに、と言いました。

第三次予選最終日。
亜夜はコンクールを満喫していましたが、それがお客さんとしての満喫であり、
コンテスタントとしてのコンクールに興味を失っていることに気付き、
愕然としていました。

一方、ホフマンとの約束の「外へ」を考えていた風間塵は、
実際に外に出て雨の中を歩き、空を見上げていました。
遠いところで、低く雷が鳴っていました。

自分の番になり、舞台袖に戻ると、調律師の浅野に、
天まで届くような音で、ホフマン先生に聞こえるようにしてください、
ぱっきりとは全然逆で、お願いします、と頼みました。

亜夜は、お願い、あたしを引き戻して、その、とてつもなくつらく、
とてつもなく素晴らしい世界に戻る理由をちょうだい、
と心の中で塵に頼んでいました。

塵の一曲目はエリック・サティの「あなたがほしい」です。
二曲目はメンデルスゾーンの「無言歌集」から、有名な「春の歌」、
三曲目はブラームスの「カプリッチョ ロ短調」を演奏します。

しかし、四曲目に移る前に、再び「あなたがほしい」を弾き始めました。

提出したプログラムと異なる演奏をして、規定違反ということになりはしまいか、
とマサルは不安を覚えました。

二度目の「あなたがほしい」がリタルダンドし、
ドビュッシー「版画」の「塔」、「グラナダの夕べ」、「雨の庭」を弾きました。
すぐにラヴェルの「鏡」を弾き、三たび「あなたがほしい」を演奏します。

亜夜はそれを聴きながら、舞台の上の風間塵と一体化しているように感じ、
会話している幻想を見ました。

幻想の中で、塵は、世界中にたった一人しかいなくても、
野原にピアノが転がっていたら、いつまでも弾き続けていたいくらい好きだなあ、
と言いました。
誰も聴く人がいなくても、鳥は世界に一羽だけだとしても歌うでしょう、
それと同じじゃない?
おねえさんだって、世界にたった一人きりでもピアノの前に座ると思う、
と、幻想の中で風間塵は言いました。

それを聞いた亜夜は泣き、ありがとう、とステージに向かって心の中で呟きました。

塵の最後の曲は、サン=サーンスの「アフリカ幻想曲」ですが、
編曲をしたのは風間塵本人でした。

独創的なアレンジで、極彩色のアフリカの地を飛んでいるような演奏でした。

三枝子は、足元からうねるグルーヴ感を感じ、
ナサニエルは、ドライヴ感としか言いようのない、
内臓がじわりと温められて、全身の血が逆行する感じを感じていました。

演奏が終わっても、観客の中ではまだ音が鳴っていて、
30秒ばかり経って風間塵がよろりと立ち上がり、お辞儀をすると、
狂乱としか言いようのない悲鳴と拍手が、
嵐のように5分以上もホールを揺らし続けました。
なかなかアンコールが止まなかったため、
亜夜の演奏は、予定よりも10分遅れることになりました。

亜夜は、自分が馬.鹿だったと痛感しましたが、
ステージマネージャーの田久保が「では、栄伝さん、時間です」と言うと、
晴れ晴れをとした笑みを浮かべてステージに出ました。

一曲目はショパンのバラード、二曲目はシューマンのノヴェレッタンを弾きます。

ノヴェレッタンを聴きながら、
マサルは子供の頃の亜夜と自分の姿を繰り返し目に浮かび、泣いていました。
周りの観客も皆涙をこらえていました。

三曲目はブラームス、ピアノ・ソナタ三番です。
ナサニエルは、そこに亜夜の人生を見ていました。

最後の、ドビュッシーの「喜びの島」を聴きながら、
三枝子は、同時にホフマンの声を聞いていました。

皆さんに、カザマ・ジンをお贈りする、というホフマンの推薦状を思い出し、
今あたしが目にしているものが、その答えなのだ、と三枝子は考えました。

爆発的な歓喜を体現しているコンテスタント、
コンクール中に進化を遂げ、花開いていく者たち、
風間塵の才能が起爆剤となって、他の才能を秘めた天才たちを弾けさせているのだ、
というようなことを、三枝子は考えました。

三枝子たちは既にたくさんの「ギフト」を受け取っていて、
塵は「災厄」なんかではなかったのでした。

亜夜の演奏が終わると、ロビーで雅美が明石に話しかけました。

亜夜の演奏を聴いた雅美は、演奏聴いて、どういうわけか、
子供の頃のこととか、小さい時の両親の顔とか、
家族のこととか、次々に浮かんできちゃってさー、ほんと、
なんだか泣きそうになっちゃった、と明石に言いました。

それを聞いて、クラシックを聴きつけていない普通の人である雅美が、
明石と同じ感動を感じていたという事実が、
どうしようもなく明石を感激させました。
やはり、音楽は素晴らしい、コンクールを目指してきてよかった、
という感慨がいっぺんに込み上げてきて、
とめどなく涙が溢れてきました。

明石は、ロビーにやってきた亜夜に話しかけ、
素晴らしい演奏をありがとう――帰ってきてくれて、ありがとう、と言いました。

亜夜はハッとしたような表情になり、亜夜も泣いてしまいました。
明石と亜夜が抱き合って泣いていると、マサルと奏がやってきて、
2人を見て呆然としていました。

明石と亜夜も、だんだんこの状況がおかしく感じてきて、やがて噴き出し、
笑いながら謝りました。

明石が自己紹介をしようとすると、亜夜は遮って、高島明石さんでしょう、
あたし、あなたのピアノ好きです、次の演奏も聴きに行きたいです、と言いm最多。

悪寒いも似た身震いが、全身を貫き、このコンクールは始まりだ、
今ようやく、俺は、自分の音楽を、音楽家としての演奏を始めたところなのだ、
と思いました。

その後、審査結果発表時間になっても、結果が出ませんでした。

誰かが失格になったという噂が広まり、
プログラム通りではなく、繰り返しエリック・サティの「あなたがほしい」を弾いた、
風間塵が失格になったのではないか、という既定事実が広まりました。

そこへ、富樫がお花を活けるのを見に行っていた風間塵が帰ってきて、
自分が失格になったという噂を聞いてショックを受けました。

やがて、審査委員長のオリガが現れ、
予期せぬ事態でコンテスタントの1人が失格になったと告げました。

そのコンテスタントとは、「第三次予選のあと体調を崩して急遽帰国した人でした。
もうこれ以降演奏ができないのか確認に時間を要しましたが、
虫唾炎で緊急手術をして今も入院中で、本選には出られなかったのでした。

風間塵、亜夜、マサルの3人は全員本選に出場が決まりました。

また、明石のところにもコンクール事務局から電話がかかってきて、
明石に奨励賞と菱沼賞が贈られることになったと言われました。

菱沼賞は、菱沼が今大会で『春と修羅』を演奏したコンテスタントの中から、
いちばんよい演奏だったということで選ばれた賞でした。

奨励賞は、入賞は逃しましたが、印象に残る、
将来性のあるコンテスタントに贈られる賞でした。


翌日と翌々日は本選のリハーサルで、4日後には表彰がありました。

本選は、オーケストラとの協奏曲です。

風間塵は、まずオーケストラだけで演奏してもらい、
楽団員の位置を移動させました。

チューバ担当が不満そうな声を漏らすと、
そこは床がひずんでいて、密度が違うので、そこの真上に立つと、
音が綺麗に伸びていかないのだという意味のことを言いました。

塵はオーケストラとの共演が初めてとは思えないくらい大きな音で弾き、
コンサートマスターたちを驚かせました。

本選2日目、風間塵は演奏をしながら、幻想の中で亜夜と会話をします。
塵は、音楽を、世界に連れ出す、というホフマンとの約束について話し、
亜夜にも、音楽にお礼をするという約束をさせました。

塵の演奏が終わると、亜夜は、
13歳のときにドタキャンしたコンサートで弾くはずだった、
プロコフィエフの2番を弾きました。

コンクール終了後、ナサニエルは元妻の三枝子とよりを戻したいと言いました。

審査結果は、第1位がマサル、2位が亜夜、3位が塵で、
聴衆賞はマサル、奨励賞はジェニファ・チャンと明石、
菱沼賞は明石が受賞しました。


というあらすじなのですが、最後の方で、
高島明石の努力が報われたところで泣いてしまいました。

やっぱり、風間塵、栄伝亜夜、マサルの3人は、
しまうましたと違って「天才」だから、
どうしても感情移入しにくい部分があるんですよね。

その分、天才ではなく、親が富裕層でもないことが強調されていて、
働きながらコンクールに挑戦した明石に感情移入してしまったので、
努力が報われた時は本当に嬉しかったです。

恩田陸「錆びた太陽」のネタバレ解説

錆びた太陽


21世紀の半ばごろ、過激派の環境保護団体が日本国内の原発を爆破した、
「最後の事故」と呼ばれるテロがありました。
最後の事故で、3万人余りが死亡し、国土の2割が汚染地域になってしまいました。
それから百数十年後も、地道に汚染地域を除染し続けている、
という未来の世界観の話です。

北関東にある広大な立ち入り禁止の制限区域では、
ウルトラエイトと呼ばれるロボットたちが除染作業を何十年も続けていました。

ウルトラエイトのメンバーは、ボス、マカロニ、ジーパン、デンカ、ヤマ、ゴリ、
チョーの7体です。

ロボットなので、全員が同じ顔、同じ屈強な体型をしていますが、
外見は人間の男にそっくりです。

髪型が違うので7体は見分けがつき、主人公のボスは角刈りです。
また、デンカは「女性的」な喋り方をするようにプログラムされています。

5月25日、月曜日の午前5時に、27、8歳くらいの人間の女性が、
四角い要塞のようなベースキャンプの建物に突然やってきました。
女性は国税庁の財護徳子(ざいご・とくこ)と名乗りました。
3日間の予定で実態調査に来たと徳子は言いましたが、ボスは何も聞いていませんでした。

ボスは徳子の身元確認をしようとしますが、
その前に「青玉」と呼ばれる巨大なタンブルウイードが転がってきました。
タンブルウイードというのは、西部劇の映画などによく出てくる、転がる植物なのですが、
ここの「青玉」は汚染された地下水や土壌から有害物質や油分や金属粉を吸い上げていて、
ちょっとした摩擦で燃えてしまう、危険な爆弾のようなものでした。

ボスは徳子を守ろうとして、なし崩し的に徳子を建物に入れました。

ボスたちが自己紹介をすると、ウルトラエイトというからには、
8人いらっしゃるんだと思っていました、と徳子が言いました。
しかしボスは、最初から7人だったと言いました。

徳子本人は、マルピーと呼ばれるゾンビの調査に来たのだと言いました。
1年8ヶ月前には、緩衝地帯の近くに住む水越一家の、
6人が失踪するという事件も起こっていました。

この北関東エリアの処置は、まだ1・26パーセントしか終わっていませんでした。

徳子をトラックに乗せ、制限区域を案内していると、
アウトレット・モールの廃墟の方から光が見えました。

ゴリとチョーが偵察に行きますが、ゴリは協力なトラバサミの罠に引っかかってしまいました。
ボスは偵察を中止し、出直すことにします。

しかし、帰り道には、青玉と違って無害な「赤玉」が積み上げられた壁がありました。

その赤玉の壁を突破しようとすると、
男と少年のマルピー(ゾンビ)がフロントグラスに張り付き、遠くの同じ方向を指差しました。

筆談をしようと、ホワイトボードとマーカーをマルピーに渡すと、何かを書き始めました。
しかし、エアガードという汚染物質の防護処置をした徳子がトラックの外に出て、
マルピーの2人を質問責めにすると、2人は逃げてしまいました。

建物に戻ったボスは、女性的な喋り方をする上司的存在のコンピューター、トンボに頼み、
ドローンを飛ばしてもらい、偵察します。

徳子のIDは確認されましたが、トンボも徳子が来るのを知らされていませんでした。

しばらくして、九十九山(つくもさん)の旧滑走路が、
マルピーの2人がホワイトボードに書いた十字みたいな形に似ていることに、ボスが気づきました。

そこに向かってドローンを飛ばすと、前方後円墳のような形の建物が見つかりました。

そのタイミングでボスが徳子を問いただすと、
徳子は、マルピーたちに使役という形で税金を払ってもらうことを国税庁が検討していて、
その調査のためにやってきたのだと白状しました。

夜になり、徳子はボスたちのベッドを見て、ベッドが8台あると指摘しました。

ボスは、シンコという8人目のロボットがいたが、
水越一家失踪事件があった一昨年の9月23日に、
定期メンテナンスをしていたシンコも失踪してしまった、と白状しました。
GPSの反応もなく、シンコはそれ以来行方不明のままでした。

翌朝の、5月26日、火曜日の午前5時に、いつものようにボスたちは目覚めました。
ゴリは、アルジャーノンという名前を付けて飼っていたネズミが
いなくなっているのに気づきました。
また、徳子も部屋から消えていました。

トンボに正面玄関前の映像をチェックしてもらうと、午前3時31分に、
徳子が乗った軽自動車が制限区域内に出て行ったことが判明しました。

徳子を捜しに行こうとすると、徳子が戻ってきました。
徳子は、2時間ほど出かけてまいります、と書いた書き置きを残していましたが、
古典的な方法すぎたためボスたちは誰も気づかなかったのでした。

ボスたちは、九十九山の麓の旧飛行場へ偵察に行くことにして、
サンダーバード2号という名前の、空を飛ぶ巨大な消防車に徳子を乗せました。
しかし、ゴリが持っている鍵がないと外せないシートベルトがついたVIP席に徳子を乗せました。

徳子は今朝軽自動車で出かけた時に、九尾の「猫」の尻尾を踏んでしまっていました。
「猫」といっても、体調10メートルほどの巨大な化け物です。
「猫」は徳子に尻尾を踏まれたせいで起こっていて、サンダーバード2号を襲いました。

ボスたちは放水をして、「猫」を追い払いました。

旧飛行場に着くと、ゴリとチョーが偵察に行きましたが、
建物の奥に10個以上の青玉が集めてあるのを発見し、待避しました。

マルピーたちは青玉を使ってテロを起こそうとしている、とボスたちは考えました。

その後、前方後円墳に似た建物の方に向かうと、50人ほどのマルピーの集団に襲われました。

30人ほどの別のマルピーの集団を引き連れた、リーダーのような老婆のマルピーが笛を吹くと、
サンダーバード2号を襲っていたマルピーの集団は動きを止めました。
しかし、すぐに2つのマルピーの集団は大乱闘を始めてしまいました。

徳子がマイクでマルピーたちにアンケート調査をしようとします。

しかし、ドアの窓にいつの間にか昨日の2人のマルピーが張り付いていました。

そのマルピーたちに誘導され、移動して停車すると、
大きい方のマルピーの背中から先ほどの老婆のマルピーが降りました。

老婆は太陽電池で動くモニターと、眼球の動きで入力できるキーボードを使い、
「私の名前は湯川真奈美」と表示して自己紹介をしました。

老婆のマルピーは、
「最後の事故」で行方不明になっていた九十九生命科学研究所の湯川博士でした。

シートベルトをピッキングして開けた徳子は、湯川博士を質問攻めにします。

湯川博士はマルピーにしては珍しく、理性的で意思の疎通が可能でした。

湯川博士がその目で見たり、無線LANを使って調べた情報によると、
前方後円墳のような建物は、「政府関係者や外資企業が造っているのだそうです。

日本政府は、外国から使用済み核燃料を制限区域に預かり、
レンタル料として半永久的に外貨を獲得し続ける仕組みを作る
『護美箱(ごみばこ)計画』を進行していて、
前方後円墳のような建物はその保管先なのだそうです。

鹿島港で入港し、制限区域内の陸路を通って九十九山に向かうのだそうです。

その演習が、明日未明に行なわれるのだそうです。

そしてマルピーたちは、予行練習の時を狙って、青玉を接触させて爆発し、
あの施設もろとも吹き飛ばしてやろうと考えていました。

マルピーは他の制限区域のマルピーとも意識が繋がっていて、
日本がゾンビだけが暮らす国になってしまえばいいのにと願っていました。

湯川博士や男と少年のマルピーはそれを阻止しようとして、
徳子やボスたちに接触したのでした。

徳子の上司たちも日本政府とグルでしょうから、現場にいる徳子やボスたちが、
どうするのか判断を下さなければなりませんでした。


ベースキャンプの建物に戻り、議論をし、上には報告せずに、
明日未明に予想される攻撃を阻止することにしました。

その夜、トンボはボスに、昨日から3日間の予定で国税庁の人間が来る予定はあったが、
向こうの手続きミスでトンボのところまで伝わっていなかった、という話をしました。

ただし、本来は56歳の男性が来るはずで、
徳子は昨日から休職中ということになっていました。

夜中に早くも目覚めた徳子は、ボスに休職中であることを伝え、
昨日の朝、祖母の家の合歓の木を撮影しに行ったのだと言いました。
徳子が祖母から聞かされていた合歓の花は、咲いていました。

翌朝、ボスは、「ボスたちが予行演習を阻止して、
マルピーに彼らを攻撃する機会を与えないことにしました。
また、湯川博士が入手した政府の極秘文書を、博士自身に流してもらうことにしました。

徳子とデンカはワイルド7号というオートバイとサイドカーに乗って、
湯川博士に頼みに行きました。

一方、ボス、マカロニ、ジーパン、ヤマ、ゴリ、チョーは、『猫』を麻酔で眠らせ、
演習のコース上に『猫』を配置することで、
制限区域は予想以上に危険な場所であると彼らに認識させ、
『護美箱計画』を中止に追い込ませました。

それはうまくいったのですが、マルピーが保管していた青玉がすべてなくなっていました。

トンボはドローンを飛ばし、
青玉を持ってベースキャンプに移動するマルピーたちの集団を発見しました。

マルピーたちが総攻撃を仕掛けようとしていたのは、
演習の連中ではなく、キャンプにいたボスたち7人だったのでした。

マルピーたちはボスたちのことを怖れ、怒りをぶつける対象として見ていたのです。

ボスたちはキャンプの方向に戻り、ゴルフボールを投げて、
マルピーたちが持っていた青玉を爆発させました。乱闘になります。

と、そこへ、徳子がやってきてしまいました。

ボスは徳子のことを、身を挺して守ります。

その時、ボスは幻覚のようなものを見ました。
徳子は生まれつき子供を作ることができない身体で、
だからこそ制限区域の調査をすると名乗り出たのでした。
ボスは徳子の祖母を知っていて、
祖母とその母親たちを救助したことがあったのを思い出しました。

ボスは腕が吹っ飛んでしまいましたが、奇跡的に助かります。

また、地中に埋もれていたものが青玉の爆発で露出し、
水越一家6人の死体が発見されました。
前方後円墳を造った連中が犯人かもしれない、と徳子やボスは言いました。

翌朝、ネズミのアルジャーノンの死体が発見され、
餌に混入していた異物のせいだったのではないか、と徳子は言いました。
徳子がキャンプにいるときに食べていた弁当を作っていた全国フーズは、
品物を納品していないのに品物代としてカネを受け取っていました。
さらに、人間のために調達した食材を、ペットフードにも流用していて、
アルジャーノンはそれが原因で死んでいたのでした。

湯川博士が政府の極秘文書を世界に公表し、
『護美箱計画』を完全に阻止することもできました。

徳子はベースキャンプを出てボスたちと別れます。
これにて大団円です。


というあらすじなのですが、たった3日間の出来事とは思えないくらい、
次から次へと事件が起こり、とても面白かったです。

結局、「シンコは見つからないままですし、
水越一家を殺したのが前方後円墳を造った連中なのか
」は確定していませんが、
それがメインの話ではありませんし、殆どの伏線は回収されているので、
しまうましたも大満足です。

恩田陸「失われた地図」6話「六本木クライシス」のネタバレ解説

この短編集は今回が最終話です。

5話と6話の間に、「幕間 横須賀バビロン」
という3ページほどの短い話があります。
少年と母親と、大臣の男が登場します。
少年が男のことを「おじさん」と呼ぶと、
母親は、「『お父さん』よ」と言いました。

幕間が終わると、今回は鮎観の視点で話が進みます。

鮎観は六本木で遼平と待ち合わせをし、再婚したことを伝えました。

どうして、俺に言わずに、再婚なんてしたんだ。俺は俊平の父親だぞ!
と遼平が激昂すると、だからよ、と鮎観は答えました。

回想です。
一族同士の親から生まれた子供に、
しばしば「めんどう」なことが起こるという噂がありました。

それでも、自分たちとは関係ないと思い、鮎観と遼平は結婚し、
子供を作りました。

俊平が2歳を越えてから、鮎観と遼平が諍いを起こす度、
俊平がすごいタイミングで火が点いたように泣くことに気付きました。

一族の「仕事」について鮎観と遼平が議論し、恐怖について語っていると、
俊平が銃にこめる古い弾丸を吐き出しました。

それからしばらくして、
また「仕事」の帰りに鮎観と遼平が苛立ちをぶつけあっていると、
俊平の口から「グンカ」の手が出ようとしていました。
俊平の身体の中に「裂け目」ができはじめていたのでした。

鮎観と遼平が落ち着いて和やかでいれば、何も起こりませんが、
肉体的にも、精神的にもへとへとになり、
どちらかが外出して一人が残るという生活パターンが出来てきました。

そして2人は離婚したのでした。
回想終わりです。

鮎観は「仕事」をやめると言いました。

その時、「ROPPONGI」の「O」の文字が重なり合い、
オリンピックのマークを作ったかと思うと、
首都高の白い壁が全部「裂け目」になり、
無数の「グンカ」が飛び降りてきました。

しかし、「『グンカ』の群れが足を止め、何かに目を留め、指差していました。

六本木交差点の道路の真ん中に俊平がいて、『ダイジョウブ』と言い、
ニッコリと神のような満面の笑みを浮かべました。


というあらすじなのですが、
いつもの恩田陸作品らしい終わり方になってしまいましたね。

投げっぱなしエンドです。
打ち切り漫画の最終回みたいな終わり方です。

見切り発車でシリーズ全体のオチを考えずに書き進めた結果、
こうなったのでしょう。

恩田陸作品は当たり外れが大きく、
面白い時は最高に面白いのですが、
この短編集は外れかな、と思いました。

恩田陸「失われた地図」5話「呉スクランブル」のネタバレ解説

煙草屋が呉に「グンカ」が出ると予報し、
遼平と浩平は呉にやってきました。
今回は、またしても鮎観が休みで、カオルと一緒に行動することになりました。

遼平たちは、呉には自衛隊の士官学校があるとか、
戦艦大和が建造されたところだ、という話をします。

食堂で食事をしながら、「グンカ」が何より大好きなものはナショナリズムだ、
という話をカオルはしました。
戦艦大和は出来た時点で時代遅れで、
かつての日本のナショナリズムのダメダメなところを
象徴しているものだとカオルは言います。

食事後、「裂け目」を探しますが見つからず、せっかく呉に来たんだから、
両城の二百階段に行こうとカオルは言いました。

海上保安庁の映画、海猿のロケ地は呉だという話をした途端、
二百階段全部が上から下までまるごと「裂け目」になり、
大勢の「グンカ」があふれ出してきました。

遼平は「グンカ」に脅威を覚え、
その遼平の動揺を「グンカ」がエネルギーとして吸い込み、
1・5倍くらいに膨らみました。

遼平たちは「グンカ」を封じ込められなさそうになり、
ピンチでしたが、「戦艦大和が現れ、
戦艦大和の放つ青い巨大な光が『グンカ』を破裂させました。

まさかの戦艦大和が『グンカ』から助けてくれる
」というオチで、
5話は終わります。

恩田陸「失われた地図」4話「大阪アンタッチャブル」のネタバレ解説

お盆の時期に、遼平と浩平は煙草屋に言われて大阪にやってきました。
鮎観も今回は来られませんでした。

代わりに煙草屋が応援に出したのは、筋肉が分厚く、
女性的な喋り方をする男、カオルでした。
遼平や浩平とは既知の仲であり、
遼平たちはカオルのことを苦手に感じています。

大阪城に向かいながら、なんでこんなに「裂け目」ばっかり出来るんだろう、
と遼平は言いました。

「グンカ」は、戦争したいと思う連中が増えるとその気配を察して、
「裂け目」を破って湧いてくるのだとカオルは言いました。
4話目にして、やっと世界観の説明です。

大手門には戦国時代の足軽の集団がいて、
京橋口の橋の上にはぼろぼろの着物を着た、長い髪の大女が立っていました。

遼平はカオルに押されて、大女の脇を駆け抜け、全速力で橋を渡りました。
カオルと浩平も走ってついてきますが、大女もついてきてしまいます。

しかし、大女は急にいなくなり、ふっと辺りが暗くなったかと思うと、
石垣だったものが飛んでいました。

巨大な石が無数に空中にばらまかれていて、
その石のそれぞれに足軽たちが乗っていて、
武器を振り回し、誰かと戦っていました。

遼平と浩平はカオルに首根っこをつかまれ、空中にぶん投げられ、
近くに浮かんでいる石にしがみつきました。

石は少しずつ上下に揺れていました。
遼平は石が上がった時を見計らって近くの石に移動し、
徐々に高く上がっていきました。

さっきの大女が石の上に乗っていて、「裂け目」はその女の顔でした。

遼平は「裂け目」を縫おうとしましたが、強い衝撃で宙に跳ね飛ばされました。

カオルが飛び上がり、女の前にストンと降り立ち、
アイロンがけに使う糊(のり)のスプレーを御餡お顔に浴びせかけます。

カオルの手そのものがアイロン代わりになっていて、
カオルは手で「裂け目」の隙間を埋めました。

石が次々に落ちていきます。
落ちていく、世界が。
そう思ったら、元司令部の前にいました。
恐るべし、大阪城。まさにアンタッチャブル、と遼平は思いました。

というあらすじなのですが、新キャラのカオルの性格が問題だと思いました。

女性的な喋り方をするのは別にいいのですが、
遼平が嫌がっていることを繰り返しやるので、読んでいてイライラしました。

恩田陸作品には女性的な喋り方をする男性がよく登場しますが、
今回登場したカオルは、その中で一番微妙だと思います。
プロフィール
Author:しまうました
見やすい記事一覧はこちらです。
スポンサードリンク

十二大戦

さとり世代探偵のゆるやかな日常 (新潮文庫nex)

キノの旅XXI the Beautiful World (電撃文庫)

このブログについて
見やすい記事一覧はこちらです。
このブログの記事は管理人「しまうました」の独自の解釈によるものなので、制作者の意図したものや一般に考えられているものとは異なる場合があります。
個人の趣味でやっているブログなので、解説してほしい本のリクエストは受け付けていません。
重要なネタバレ箇所は白字にしてあるので、反転してお読みください。
現在、荒らしをした人物のコメントを拒否しており、巻き添え規制される場合があります。詳細はこちらに書いてあります。
承認したコメントに対しても、管理人は基本的には返信しません。また、後日予告なく削除する場合があります。ご了承ください。
今月の人気ページ
人気ページの集計期間は30日間です。2017年10月8日リセット。
スポンサードリンク
カテゴリ
最新記事
検索フォーム
月別アーカイブ
最新コメント
FC2カウンター
スポンサードリンク

ソードアート・オンライン プログレッシブ (4) (電撃文庫)

業物語 (講談社BOX)

キノの旅XX the Beautiful World (電撃文庫)

悪の教典 上 (文春文庫)

                amazon人気本ランキング  楽天ランキング
RSSリンクの表示
リンク
最新トラックバック
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
記事一覧
見やすい記事一覧はこちらです。